読書週間まとめ

 

大学1年生の頃からやってる読書週間に好きな本を紹介するツイートが溜まったので、まとめてみました。

それぞれのツイートをクリックするとリプ欄からおすすめ本の紹介が読めます。

それではよい読書ライフを。

 

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淡路島自転車旅のきろく

7月に、クロスバイクを手に入れたので、輪行をしたい、と思って、思ってたけれどハードルが高くて3か月が経ちました。

とはいえ、せっかくクロスバイクなのに輪行しないのは勿体ないなあと思い、主人に、輪講の仕方を教えてもらって、ついでに使わなくなった輪講袋などを譲ってもらって、自転車の解体をする練習をしました。

自転車の解体の仕方をおおよそ覚えたので、さっそく淡路島に行ってきました。

 

本州から淡路島へは、自転車をそのまま載せられる船(淡路ジェノバライン)が出ているので、最寄り駅から明石駅まで輪行をしました。

ブレーキを解除したときか付け直したときかに、ブレーキがずれてしまって、微妙なブレーキコンディションで走る羽目になったので、ブレーキの調整を身に着けたい。

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岩屋港について、とりあえず海沿いを走って、一周150kmを一日でやるのは厳しいから、適当なとこで西側に回ろう、くらいだけ決めて走り出しました。

東側から走り出したのは適当だったのだけど、左側通行で海側になるので、島を自転車でめぐるときは時計回りが正解だなと思いました。

途中で、「学習小学校」という真面目そうな小学校を見つけました。

ほぼ平地を10kmちょい走ったところで、想定外に疲れてたので、体力の衰えを感じました。

 

最後まで走れるか不安に思いながら30kmほど走って、炬口海水浴場に到着。

ここは、パオパオチャンネルでぶんけいさんが地元として紹介してた場所。

海水浴場としては最近閉鎖されてしまったそうですが、何組かの家族が海辺で遊んでいてなごやかな気持ちになりました。

 

ついったーで、淡路島と言えばシラス丼が美味しかった、という情報を得て、お昼ご飯はシラス丼にしよ、と決めました。

お昼ごろに通り道っぽいところで、海鮮料理きとら、を見つけたので、次はそこを目指す。

高速道路で淡路島を通過するときいつも、淡路島って山なんだな、と思っていたけれど、自転車で走ると坂の急さを実感する。

途中、Google先生が言うように、高速の側道を登ったり下ったりしてて、よく考えたら高速の側道は概して走りにくいのでは、ということに思い当たって適当な県道に出たら正解だった。

ちょっと苦労して、きとらに辿り着いた。

そこで、さわら丼が気になってしまい、そっちを食べました。

淡路島名物らしいので。

また食べたいくらい美味しかったです。

 

それから、同じくついったー情報(同じ人)で、野島断層を目指すことにしました。

途中でたまたま伊弉諾神宮の前を通ったので寄り道。

(このおかげで、後日、quizknockで「伊弉諾」が出てきた時読めた)

恥ずかしながら、淡路島が国産みの島と言われてることをここで知りました。

伊弉諾神宮が伊勢神宮と同じ緯度にあるのちょっと面白い。

夫婦大楠があったので手を合わせてきた。

神宮の周辺の道端には、「神様の結うとおり」という小さな神様の石像があちらこちらにありました。

 

西海岸側に出て、海沿いをずっと北方向へ。

野島断層に着きました。

ここは、阪神・淡路大震災で生じた断層を保存している場所。

断層は大きな建物で覆われていて、最初見た時、本物とは実感できなくて、断層のレプリカみたいな印象を受けた。

けれど、途中で、祠の生垣が、建物の中から外へとつながっているのが窓越しに見えて、ほんとにここで起こったことなんだということを理解させられた。

地震の力強すぎてどうしようもないから、起こったときに自分の身を守れるようにしておくことが大事だなと思った。

 

西海岸を夕暮れ時に走ったので、数キロにわたって海岸のところどころに、少しずつ人々がいて、みんな思い思いのやり方で夕陽を眺めていて、とても尊いなあと思いました。

たまたま、夕日が島影(小豆島かな)に落ちて行って、島の影がくっきりしていくのもよかったです。

 

港に着いたときはすっかり日は落ちていて真っ暗でした。

船で、ライトアップされた明石海峡大橋をくぐりました。

明石側の港に着くと、たいていの人は明石駅の方向に歩いていくのですが、ここにいる人たちはきっとそれぞれの淡路島の思い出を抱えて今ここを歩いているんだろうなあ、などと考えて勝手にほっこりしてました。

淡路島よかったので、帰りに明石駅ジュンク堂で「地球の歩き方JAPAN淡路島」を買いました。

 

プロポーズしてもらってから入籍するまでの下書きツイート

プロポーズされてから、この件に関することはついったーには流さないことにしてたのですが、人生の中で複数回は起こらない大事な時期のひとつを記録しておかないのは勿体ないので、ついったーの下書きツイートをしてまして、それをここに転記して記録しておこうと思います。

(ブログに書くのは恥ずかしい感じのもあるけど、ついったーで流れていくツイートのひとつ、というノリで流し読みしてください)

 

・2月(旅先でプロポーズしてもらった)

当事者になって分かる、婚約と結婚はかなり違う

某氏について婚約と結婚を言い間違えてすみませんでした(当時はことの大きさをあまり実感してなかった)

高校の時からぽつぽつと、「今度の夏は一緒に花火見に行こう」って話をしてて、行った記憶はないのだけど、なんだかんだしてるうちにプロポーズの方が先に来た

帰りにゼクシー買った。長野山梨バージョンだけどいいやろ、って買ってきたら、後半が長野山梨の式場案内だったので、旅先で買うものではないということが分かった。

婚約したこと、小学校の友達には、どうせ親経由で伝わるから言わなくていいっしょ、と思ってたけど、これは自分で言うべきことだったなと後で反省した。入籍したときは自分で言うよ。

正直なところ、プロポーズしてもらったことが、人に言うほど大きなことだとされた直後は認識してなかった。(自分にとっては大きなことなのは認識してたけど、個人的なことだからそんなに人に言うことじゃない気がしてた)

 

・3月(指輪を選びに行く&私の家に挨拶に来てもらう)

他人が薬指に指輪してるのに気づけない系女子なので、指輪をもらう資格がないと思う

指の大きさ計ってもらうときに、右手を出してしまって、「あっ」ってなった

ささくれが多くて恥ずかしいなと思ったので、指輪がとどくまでにささくれ無くすようにがんばるぞ

前日に、私はラボで卒業祝いの花束を頂いて、そのまま帰っているところなので、自分宛の花束をもって「両親へのご挨拶」する人になった

「引越しして明日実家帰る人に花束とか大きなプレゼント渡していいの」とスタッフさんが言ってたけれど、彼氏が実家まで車で送ってくれることになってたので大丈夫です

彼氏と私の父が同じ大学出身なのですが、父がそれをネタにして話してたのニコニコしちゃう

会った友だちで、恋バナの雰囲気になったら、プロポーズされたこと話してるけれど、みんな祝福してくれるし喜んでくれるから、一層しあわせな気持ちになれる。しあわせなことを再確認できる。ありがとうございます。

「えーめっちゃ嬉しい。人の結婚でこんなにうれしいの初めて」みたいなこと言われたのめっちゃ嬉しかった。

 

・4月(指輪をとりにいく)

指輪のお店から彼氏のところに届いた手紙の宛名書きが、私の苗字が抜けてる連名で、じわじわ嬉しい

これからこういうお手紙たくさんもらうようになるのかなそしたら慣れちゃうのかな寂しいな、ってくらい嬉しい

指輪を付けてる ひとりでニヤニヤしちゃう

作業中は手袋付けてるから気づかれにくいかなと思ってたけど、職場の人に初日でばれた。やっぱり気づく人は気づくんだな。

指輪付けてると常に指輪の存在を感じて諸々思い出して幸せな気持ちになる 最初に指輪に意味を込めた人天才だと思う、こんなに相応しいアイテム無い(とツイートすると指輪をしてることがばれるので、「指輪に恋愛的な意味を込めた人は天才だと思う」とだけツイートした)

遠距離恋愛してる人は全員指輪を付けるべき、と主張していきたい

「大人の階段のぼったね」と言われた、大人の階段いっしょにのぼっていくんだね

ゼクシーについてた婚姻届、ノリで書けるとこ書いた 婚姻届に証人が2人必要なことを知った

 

・5月(尼崎に来てもらう、ついでに小豆島に遊びに行く)

仕事から帰ってきたら家に彼氏がいるの最高すぎません?

彼氏と夕ごはん作った写真を匂わせとしてツイートしようかなと思ったら、指輪が写りこんでたので危ないところだった

瀬戸の浜で婚約指輪をもらった

婚約指輪は海辺でサプライズでもらったのですが、直前に海に落とされそうになるイタズラをされたので、「ちょっと目瞑ってしゃがんで?」と言われたとき私は拒否をした

彼氏に会うたび、私は世界で一番しあわせな女の子だ、と思ってる

同棲したい・・・

 

・6月(とうもろこし)

彼氏が私の実家にとうもろこしを届けに行ったらしい、両親から、びっくりしたという連絡がきた。喜んでた。

親が喜んでたよってLineしたら、私のとこにもとうもろこし送ってくれた。

今月私は彼氏に会ってないのに、彼氏と両親は会ってるの謎いでしょ

 

・7月(彼氏の実家にご挨拶しに伺う)

彼氏のおうちにご挨拶に行ったんですが、とても喜んでくださって、とても嬉しい、安心した、ありがたい

入籍日を決めた。8月7日が記念日的にいいなと思っていたので、この日に2人が地元で会えるように誘導した← 祝日が動いてここが3連休になってたのがラッキーだった。

8月7日は月遅れの七夕

新しい姓の銀行印とかを用意するのめんどくさいなということを考えてた結果、元々銀行に登録してた印鑑はたしかにパッと見は鈴木(旧姓仮名)に見えると思うんですけど、実はこれは佐藤(新姓仮名)からデザインしたものなので変えなくていいですか?という言い訳を思いついた

 印鑑買うのに、対面で話聞けた方が安心だなってはんこ屋21行ったら、覚悟してたのより高いのしかなくてびっくりしちゃった

買わずに帰って、母親に電話して相場聞いたら、私の元々の想定以下の額を言われ、「私新しい印鑑買ったことないから分かんない」と言われた。

入籍したあとの平日に地元に居られるように夏休みとれたし、新しい銀行印も入手したし、準備完璧(あとは、今彼氏が持っている婚姻届の承認欄に、入籍日の朝に記名してもらうよう親に頼まなければならない、いつ言おう)

会社に入籍すること報告した。これ事前に言っていいというか事前に言うべきことなんですね。

今の職場では旧姓のまま呼んでもらうこと、一人暮らしを続けるので家賃補助をもらい続けられることの許可がすんなりでた(入籍日決めてからいろいろ考えているときに、そういえば今住んでるとこ借り上げの寮扱いだから、独身じゃないと追い出されるとか住み続けるにしても全額自分で出すとかあるかなとひやひやしてた)

上司に伝えたら、スッと祝福してくれて、私も後輩に伝えられた時にはああやって即座におめでとうって言って拍手する人になりたいなと思いました。

 

・8月

あと一週間で名前変わるの実感がなくてびっくりする

婚姻届の証人欄を私の父にも書いてもらうために、市役所行く前に彼氏が実家まで婚姻届持ってきてくれるんだけど、母が桜湯を用意してくれた。大事な日なんだなとじわじわ実感してる。

桜湯というものを、私は今朝知ったんだけどね。

市役所に出すの、婚姻届さえ不備がなければいいと勝手に思ってたけれど、本籍と違うとこに出すなら戸籍謄本が必要なことを市役所に行く道で教えてもらった。

彼氏がちゃんと用意してたので、私の本籍地の市役所に出して事なきを得ました。手続きに必要なもの、ちゃんと自分で調べようね、という教訓。

土曜日なので、時間外窓口に出してきました。平日にならないとちゃんと受理できるか分からないけれど。

ひとまずこれで婚姻したことになるんですかね。実感がなくて不思議な感じ。名字も変わったはず。

2020年のふりかえり

毎年恒例のふりかえり記事です。

 

1月

王子狐の行列にまこぴ~と参加して新年を迎えました。

アルバイトでおせちを提供したり、講談を観たり、新年会参加したりと、

なかなか伝統的なお正月でした。

 

1月後半から2月にかけてOISTに行きました。

リサーチインターンシップです。

英語が聞き取れないながら、ユニット(ラボ)のポスドクさんや、

同じアパートに滞在するインターン生にたくさん話してもらいました。

 

2月

2月頭に一瞬東京に戻って、某社の奨学金付き採用の面接に行きました。

準備不足すぎてめちゃめちゃな応答をして、1週間後にお祈りメールが来ました。

就活向いてないのでは、と2週間くらい萎えてました。

 

OIST生活を満喫していました。

研究活動については、結果らしきものは得られなかったけれど、

新しい経験をたくさんできてよかったなと思います。

 

休日は、仲良くなったインターン生と遊びに行ったりしました。

帰ってきて、行く前よりは英語が出てくるし、聞き取れるようになってて

(大学院生に求められる英語力に追いついた程度ですが)嬉しかったです。

研究活動については、結果らしきものは得られなかったけれど、

新しい経験をたくさんできてよかったなと思います。

 

3月

島会議をして遊びに行く島をランダムに決めたり、

ワインワインワインをして酔っ払いをしたりしました。

 

また、追いコンをラボでやって、先輩の提案で叙々苑のお弁当を食べました。

店まで取りに行く時に、ラボがしんどい話を初めてラボ内の人に打ち明けられて、

すごく気持ちが楽になって、あと1年頑張って研究室通えそう、という気持ちになりました。

 

3/27から在宅研究期間になったので、26の夜に帰省しました。

地元の友達に勧められて、どうぶつの森を買いました。

 

4月

在宅研究期間が延長されて、ずっと実家にいました。

10時に朝mtgして、あとは論文を読んだり教科書を読んだりして、

1日ひとつ「今日の論文」をSlackにあげて、

夕方隔日で3km走って、夜はどうぶつの森をする生活をしていました。

また、母親と、なるべく開放的なところを探してお昼ごはんを食べたり、

家から海まで歩いてみたり(初めて)して、

近場でも素敵な場所沢山あるじゃん、って改めて確認したりしていました。

 

4/30に第1希望の会社に内定をもらって、実質的に就活を終えました。

 

5月

実家暮らしを満喫していました。

これが人生で最後の実家暮らしかな、と思いつつ、

高3のときも大学2年の時もそう思ってたので、またチャンスがあるかもしれないですね。

ゆるゆる家庭学習をしていて、論文に目を通して簡潔に情報を得る能力は身についた気がします。

このタイミングでゆっくり勉強する機会が得られたのはラッキーで、

ただこれだけ時間があってもそんなには学力は伸びないことを実感して、

学校が始まってから勉強するモチベが削がれた面があります。

 

QuizKnockにハマりました。

土日は夜明けまでQuizKnockの動画を漁ってました。

半年以上経っても、ほぼ毎日新着動画チェックしてるので、完全にハマっています。

 

5/31でバイト先が閉まるのと、6月頭から分散登校が始まると言われたので、

5/29に帰京しました。

バイトは、最後の3日間だけ急遽シフト入れてもらいました。

残っていた人達にだけでも挨拶できてよかったです。

 

6月

分散登校が始まりました。

登校するモチベはあまりなくて、登校したい人々に申し訳なく思いつつも、

家庭学習も飽きてきていたのは事実なので、

まあタイミングはよかったです。

 

QuizKnockのこうちゃんに憧れて、首都を覚えました。

 

島会議メンバーで井の頭動物園に行きました。

カイツブリは知ったかぶり

 

7月

ゆーげんのオンライン発表会で発表をしました。

ついったーハッシュタグで、わりと反応もらえて嬉しかったです。

数少ない成功体験が増えました。

 

某宅急便の仕分けバイトを始めました。

私にも力仕事ができるだろうか、という興味があったからです。

難しかったら辞めようと思っていましたが、

社員さんたちが非常に親切なのもあって、楽しく働けたので、

そのまま卒業まで続けるつもりでいます。

 

4連休は、福島新潟18きっぱーを1人でやってました。

計1万5千円くらいの区間18きっぷ4回分で、

いろんないいとこ周りながらやれたので、上手な旅程を組めたと思っています。

勿来、アクアマリンふくしま、いわきのゲストハウス、入水鍾乳洞、マリンピア日本海

どこも良かったので、また行きたいです。

この旅程を組んだきっかけは、新津美術館で、

QuizKnockが関与している不思議の国のアリス展をやっていたからで、

不思議の国のアリス鏡の国のアリスを予習して新津美術館に行きました。

予習のおかげで、展示を深く楽しめたし、

QuizKnockに出てた、手を振り返してくれるとことか、山本さんの靴とか観れて、

わざわざ新津まで行った甲斐がありました。

また、新津美術館は、エントランスの構造が素敵だったので、

別の展覧会であのエントランスがどう生かされるのか見たいな、と思いました。

 

8月

しゅーろん中間発表がありました。

英語発表をとりあえず乗り越えられて安心しました。

 

8/30に、福島新潟18きっぱーした時に、売り切れてて食べられなかった

まるせい果樹園の桃パフェを食べに、日帰り福島しました。

18きっぷが1回分だけ余ってたので。

期待に違わずとても美味しかったので、推しておきます。

 

喜界島行きを断念することが決まって悲しかったです。

 

9月

初めてのキャンプに行きました。連れてってもらいました。

とてもいい思い出が出来ました。

暖かくなったら、またキャンプに行きたいです。

 

後輩の院試お疲れ様会に誘ってもらって、

日本酒を飲んで、それからBar Moonwalkに行きました。

私が学生じゃなくなっても、定期的に仲良くして貰えたら嬉しい。

少人数でお酒を飲むのは、独特の良さがあることを感じました。

 

10月

QKのコラボカフェに行きました。

コラボカフェ初めてだったので緊張しました。

誘ってくれて、整理券とってくれてありがとう。

 

配属先を決める面接2つ目を受けて、合格の電話を頂きました。

関西に住むことが決まりました。

わくわくしています。

 

11月

たまたま、身近な人が人生を進める話を聞く機会が重なって、

いいなあと言ったり、ちょっと寂しい気持ちになったりしてました。

 

33猫会しました。

ねこさんとの遊び方を教えてもらいました。チュールは直接あげると口を切る可能性がある。

宿木カフェめっちゃ良かったし、33の人々と久しぶりに会えて楽しかったです。

高校生のときに出来た繋がりが、まだ続いているの幸せだなあと思います。

 

ゆーげん大定例会@甲府に行きました。

小規模でしたが、無事開催できて幹事さんありがとうの気持ちです。

忍野八海世界遺産センターがよかったです。

Kittysというボドゲをしました。CPUが強かったです(?)

 

12月

大学院生活のおわりが見えてきて、少し気持ちが穏やかになってきた気がします。

 

QuizKnockの動画に惹かれて、戸隠に行く計画を立てました。

が、前日の大雪で戸隠行きは断念して、長野駅周辺を観光しました。

善光寺のお朝事を見物したり、小布施に行ったりしました。

また、CrくんとQK放送中を観れたのが思い出です。

戸隠チャレンジは来年の秋にでもやりたいですね。

 

1日遅れでクリスマスしました。

この世界の片隅にを見て、ご馳走を食べて、ケーキを食べて、

次の日起きたらサンタさんが来てました。

世界でいちばんしあわせな女の子だなあと思いました。

 

 

少人数で会って、その時その時で異なる話をしたり聞いてもらったりして、

という機会が多い1年だったなあと思います。

また、将来のことを、初めて(?)具体的に考えました。

無気力に学生生活を続けていますが、

もうちょっと努力して、夢を叶えたいですね。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

羽入さんクイズ

わたちゅんが、ブログで定期的にわたちゅんクイズしてたのにあこがれて、uさんクイズを作りました。

https://forms.gle/1EAQo8cTaQTMq2y27

 

全10問です。

それぞれ1回くらいはついったーで言ってそうですが、そんなに分かられなさそう。

3連休明けくらいに解答をあげます。

解答の割れ方を見るのが楽しみなので、やってみてください

アルバイトの話 ホテル編

学部4年生の4月から、某ホテルで朝ごはんを仕出しするバイトをしていました。

が、この5/31で閉館になってしまったので、辞めることになりました。

大好きなバイトだったので、思い出をつれづれと記録しておこうかなと思います。

 

ホテルで働こうと思ったのは、研究室があっても、朝ならいつでも働ける、ということに気づいたからです。

ここに申し込む前に、夜働けそうな食事屋さんに行ってみたのですが、平日はラボの都合で週1回くらい、と言ったら、断られてしまって、だったら、朝働けばいいのでは、とひらめきました。

もともと、朝にお風呂掃除をする人として面接に行ったのですが、「接客に興味ない?着物に興味ない?」と聞かれて、まあ興味はなかったんですが、別にいいやと思って、朝食接客担当として雇ってもらえました。

今考えると、接客の方が楽しいと思うので、接客に回してもらえてラッキーだったと思います。

(採用面接のときの思い出は、「東大生頭がいいのは分かってるんだけどね・・・」とn回言われたことです。でも、採用後は、その人に悪く言われたことないし、私がその面接の日程をあとから変えさせてもらったこととかが引っかかってたんですかね。)

 

ラボが9:30スタートなので、平日は8:30に抜けさせてもらってました。

正規の勤務時間は6:00-10:00で、ほかの人はみんな10時まで働いてたのだけど。

途中から、「早く帰るなら5:30に来て準備してくれない?」と頼まれて、5:30出勤するようになりました。

5:30に行くと、1回の出勤あたり30分ぶんの時給が稼げるし、同僚にあたる人たちが「早く来てくれるから助かる」って言ってくれるおかげで、毎回のように早抜けする罪悪感が薄れたので、これもラッキーなことです。

 

最初の数ヵ月は、仕事の順番が覚えられなかったり、気を配る余裕がないので周りの人から見れば仕事ができない人になってしまったりで、大変だったけれど、慣れてきて、周囲に認めてもらえた気持ちになったころには、バイト楽しい、という気持ちが強くなりました。承認欲求が満たされた。

何から片付けるべきかとか、自分がどう動くと周りの人がやりやすいか、を考えながら働いて、うまくいった実感があるの楽しいですね。

楽しくなってくると、多めにシフト希望だしたり、ヘルプに積極的に応じたりするようになって、繁忙期で多い月は15回出勤したりしてました。

 

ちなみに、 ホテルによると思いますが、私が働いていた場所の繁忙期は春と秋でした。

働く前は、夏休みと冬休みが混むのかな、と思ってたけれど、春や秋は修学旅行や同窓会を中心に、たくさん団体客が来ていて、逆に、一番空いているのが1,2月、その次に空いてるのが夏休み、という感じでびっくりしました。

平日でも、ちょっと贅沢してるビジネスマンというよりも、同窓会の団体が多く、(研修の団体もそれなりにいましたが)、意外と世間の人って平日にも旅行できるんだな、と思ったりしてました。

曜日で言うと、土日に限って家族が多かったですね。

 

ホテルの気に入っているところの一つは、全国からお客さんが来ることです。

私は団体さんが来る会場を担当することが多かったのもあって、今日のお客さんは××から来たのか、と知ることができました。

やっぱり、地元静岡の人が来てたりすると、うれしくて、「私も静岡出身なんですよー」って絡みに行ったりしました。(楽しい)

一度、私が卒園した保育園の園長さんに偶然出会って、こういうこともあるんだなと思いました。(私が通ってた時は、その方のお父さんが園長先生で、ただ、私のクラス担任の先生が今でも務めてることを教えてもらったので、今度あいさつに行きたいな、と思ったり。)

あとは、団体の性質によって、雰囲気が違うのをこっそり眺めるのも好きでした。

とくに、修学旅行で、学校によって色があるのが面白かったです。

あと、これこそどうでもいいエピソードなんですが、ホテルで出していたお茶が、静岡茶だったので、お茶のおかわりを注ぎに行くときに、「お茶おいしい」って言ってもらったら「私静岡出身なんですけど、これ静岡のお茶なんですよ」って自慢気に言うことを楽しみの一つにしてました。

 

たくさん出勤するようになるにつれて、調理場さんが名前を覚えてくれて絡んでくれたのもいい思い出です。

 

調理場さんとも、もう会う機会が無いのだなと思うと、改めてさびしくなってきましたね・・・。

 

ホテルの給仕係のラッキーなところは、余ったおかずを頂けるところです。

とくに、調理場さんが朝作るみそ汁とおかゆが美味しくてうれしかったです。

あと、新年会や夏の納涼船で、おいしいものを食べさせてもらったりもしました。

とくに納涼船は初めての経験だったので、乗せてもらえて楽しかった。

イベント事でいうと、大みそかのおせち配達手伝いというイベントもあったな。

 

朝ごはんを出す側の人をすると、ホテルで朝ごはんを予約しているのに、来てくれない人が一番困る、ということを知れます。

全員来たら、会場を片付けて掃除機掛けられるのに、1人でも来ないと、最後まで待たないといけないからです。

ホテルの宴会場は、ときに昼の会議などで使われることもあるので、早く片づけたいのに片付けられない、というのが困りました。

なので、宿泊イベントでは、朝ごはんを食べましょうと言う人になりました()

あとは、残飯が多いのもちょっと面倒なので(皿を重ねる前に捨てるという操作が必要になる)、絶対とは言えないけれどなるべく全部食べてくれると嬉しいです。

そういえば、「おいしい」と声に出してくれる人は嬉しいですね。(私が作ったわけじゃないけど、うれしいものはうれしい。)

親切で、自分の食べたお皿を重ねてから帰ってくれる方がいるのですが、同じ種類の皿をまとめて片付けるタイプの場所だったので、申し訳ないけれど有難迷惑なんだよなあと心の中で思ってました。宴会場で食べるタイプだとたぶん同じなので、そういう場所ではお皿はそのままにしておいた方がありがたいかもです。

 

朝4時起きが続くとさすがに寝不足になるので、明日バイト行くの嫌だな、と思う時も多々ありました。けれど、行ってしまうとたいてい楽しくて、来てよかったと思ってました。

とくに、急にヘルプされて行ったときとか、こういう感情の変化をしていました。(お客さんの数に合わせて月初めにシフトが組まれるものの、お客さんの数が変化すると前日にヘルプが来たりした。もう少し早く連絡がほしい、は常々思ってた。)

仕事自体も楽しいし、空いた時間に同僚と雑談するのも楽しかったです。

女の子が多くて、ガールズトークしたりもしました。(女子がマジョリティーなコミュニティ、大学生活でこれが唯一と言ってもいいので、そういう意味でもありがたい人間関係だったな。)

 

楽しかったことを主に書いてきましたが、ちょっとした愚痴はたくさんありました。

どちらかというと、朝ごはんでは直接は関わらない人に対する愚痴が多いかな。

ホテルは、一日中空いているので、働く側の人も、同じ建物で朝から夜まで入れ替わり立ち代わり働いているのもちょっと面白くて難しいところだな、と思います。(朝使いたい場所が、夜の人が今夜使う道具で占領されてて困る、みたいなトラブルがありました、たぶん知らないだけで逆もある。)

あと、上の人への愚痴は発生するもので、よくこの価格でもお客さん来るよね、とか、シフトを前日に消さないでよね、ってみんなで言い合ったり。

 

細かい思い出を挙げるときりがないので、この辺でやめようと思います。

すごくいい人たちに囲まれて楽しく働けて、ここでバイトをすることができて本当によかったです。

本当は、また出勤して、みんなに会いたいです。