目の誕生

昨年、上野の国立科学博物館で行われていた「生命大躍進」展を観に行ってきたときに書いた文章をあげてみる。

今日の授業で、ゲノム重複の話がちらっとでてきて、懐かしくなったので。


1、生命の目の誕生

 初めて目ができたのは、カンブリア紀(54100万年前~48500万年前)と考えられている。

目の誕生に必要である遺伝子の1つに、「ロドプシン遺伝子」がある。ロドプシンは、光を受容する特別なタンパク質で、視細胞に含まれる。そのロドプシンをつくるのが、ロドプシン遺伝子である。ロドプシンは、目をもつ動物が有している。それだけでなく。バクテリアや一部の植物プランクトンの中にも、このロドプシンによく似たタンパク質を持つものがいる。

ロドプシンのような複雑な構造を持つタンパク質が、それぞれの系統で独自に作られるとは考えにくい。そこで、アブドラ国王科学技術大学の五條堀孝博士とゲーリング博士は、「もともと植物がもっていたロドプシン遺伝子を、動物がもらったことで目が生まれた」という仮説を立てた。渦鞭毛藻(植物プランクトンの一種)とクラゲがそれぞれ持つロドプシン遺伝子がよく似ていることが、これを裏付けているといえる。

植物のロドプシン遺伝子をもつDNAが取り込まれた過程としては、食べた植物プランクトンDNAが、たまたま消化されずに生殖細胞に入り込み、生殖細胞の分裂時、そのDNAが露出しているときに、ロドプシン遺伝子が混入した、ということが考えられる。


2、脊椎動物の目の完成

 脊椎動物の目は、カメラ眼である。これは、無脊椎動物の持つ目とは、成り立ちから異なる。無脊椎動物の目が表皮から発生するのに対し、脊椎動物の目の主要な部分は神経系から発生する。脊椎動物の目には、水晶体(レンズ)があり、効率よく光を集めたり、ピントを合わせたりできる。

 このカメラ眼の誕生には、「ゲノム重複」が大きく貢献している。減数分裂の過程で両親のDNAが組み替えられる際に、同じ役割の遺伝子が1つの染色体上に複数コピーされてしまうことがあり、これを「遺伝子重複」と呼ぶ。遺伝子ではなく、ゲノムが丸ごと重複することがまれにあり、これが「ゲノム重複」だ。さて、ふつう遺伝子の突然変異が起こっても、重要な遺伝子に起こる変異は致命的なものが多く、突然変異を起こした個体は子孫を残せない。しかし、重複している遺伝子に対して突然変異が起こった場合は別である。遺伝子は1つあれば十分なので、この突然変異は致命的ではなく、ときにはこの変異が新しい有用な遺伝子を生む。

 ところで、脊椎動物は、ピカイアカンブリア紀に生息)に代表される脊索動物から進化してきた。現存する脊索動物には、ナメクジウオがいて、いわばピカイアの生き残りだ。このナメクジウオDNA脊椎動物DNAを比べると、後者は前者の約4倍の遺伝子を持っている。脊索動物から脊椎動物が分かれてから、ゲノム重複が2度起こっているのである。

 筑波大の和田洋教授によれば、このゲノム重複によってできた余分な遺伝子が、変異により、視細胞と脳を結ぶ神経細胞を整然と配置させる機能を新たにもたらし、脊椎動物はカメラ眼を獲得し、目の性能を飛躍的に向上させた。




参考文献

「教養・文化シリーズ NHKスペシャル生命大躍進」 NHKスペシャル「生命大躍進」制作班[] NHK出版 20157月発行